後藤勇吉
初の日本一周飛行に成功した延岡出身の空の先駆者 後藤勇吉は明治29年11月12日、延岡市南町に生まれました。山産物商と醤油醸造業を営む家の4男3女の7人兄弟の4男で、極めて裕福な家庭でした。 子供の頃から機械に興味をも … 後藤勇吉
初の日本一周飛行に成功した延岡出身の空の先駆者 後藤勇吉は明治29年11月12日、延岡市南町に生まれました。山産物商と醤油醸造業を営む家の4男3女の7人兄弟の4男で、極めて裕福な家庭でした。 子供の頃から機械に興味をも … 後藤勇吉
日本を代表する歌人「若山牧水」 坪谷村と若山家 牧水が生まれ育った坪谷(東郷町)の若山家は、牧水の祖父健海に始まります。健海は埼玉県所沢の農家に生まれ、13歳の時江戸に出て薬屋の丁稚奉公をしました。 その頃坪谷出身の水 … 若山牧水
延岡の名が登場する最古の資料 明暦2年(1656年)時の延岡藩主・有馬康純が今山八幡宮に寄進した鐘です。西南の役で焼かれた城山の大太鼓に代わり、明治11年に城山に移されました。以来、昭和32年に二代目に代わるまで時を告げ … 梵鐘
武具写真 詳細 内藤家伝来 紺糸威胴丸具足 (延岡市指定有形文化財) 兜は二十間星兜で白熊(はくま)の毛(ヤクの尾の毛を付ける。頬当は鉄錆地の目の下頬で、顎下に「明珍/紀宗賢/行年七拾二歳/作之」の銘がある。 胴は黒漆塗 … 内藤家ゆかりの武具
延岡市の市制施行60周年(平成5年)に際し、旧延岡藩主、内藤家17代当主、故・内藤政道(ないとう まさみち)氏から、歴代藩主ゆかりの貴重な文化財とともに、能、狂言の面 72面が寄贈されました。 延岡市が、寄贈された能面の … 内藤家ゆかりの能面・狂言面
延岡城「西の丸」跡に建てられた延岡市の歴史資料館 明治25(1892)年に旧延岡藩主・内藤家が建設した邸宅が、昭和14(1939)年に延岡市に寄贈され、内藤記念館として一般公開されました。邸宅は戦災で焼失したのですが、市 … 延岡城・内藤記念博物館
川とともに生きた先人たちが、畳で水害から街を守った知恵のシンボル 延岡市内には4つの大きな川が流れ込み、「水郷のべおか」と称されるほど水が豊かな土地で、水と共に暮らしてきました。 しかし、水の恩恵を受ける反面、水害にも悩 … 畳堤
延岡城跡・城山公園を包み込むように咲き誇る300本の可憐な桜 礎石をはずすと崩れ落ちて千人の敵を倒すことができるといわれる高さ19mの「千人殺しの石垣」を中心に、園内には300本の桜が植えられ、春になると延岡城跡・城山 … 延岡城跡・城山公園の桜
108種・3,300本を誇る日本三大ヤブツバキ群 延岡城跡公園の「ヤブツバキ」は、千葉県 いすみ市の伊能滝、島根県 松江市の松江城址とともに、日本三大ヤブツバキ群として知られています。 現在、108種、3,300本ものヤ … ヤブツバキ
延岡城の誕生 奈良時代・平安時代の延岡は、この地域の豪族である、”土持家”により支配されていましたが、豊臣秀吉が天下統一を成し遂げた1590年(天正18年)秀吉の命を受けた「高橋元種」公が延岡の地に赴任し、延岡城は高橋元 … 延岡城跡・城山公園